旬紀行読み物

「のどぐろ」の旅

石川県金沢市

脂の乗った白身は日本海を代表する高級魚。気さくな割烹で、真冬の「のどぐろ」を味わう旅。

かれこれ二十年ほども前、兵庫県への帰省のついでに正月の金沢を訪れた1月3日のこと。見学した長町武家屋敷(何家だったかは覚えていないけど)の奥さんに「今日もやっていて手頃に金沢の味を楽しめる料理店はないか」と尋ね、教えられたのが片町にある『割烹勝一』だった。繁華街の雑居ビル2階にある小さな店。ちょっと頑固そうなオヤジさんと愛想のいい奥さんに迎えられ、治部煮をはじめとする金沢料理を味わった。その時に、あまりの美味さに驚いたのが塩焼きにしたのどぐろだった。たっぷり脂の乗った白身を頬張ると、旨味がふんわり広がっていく。一緒に訪れた妻とともに、「日本にはこんなに美味い魚があったのか」と喜んだ。

のどぐろは、新潟から島根にいたる日本海一帯で高級魚として珍重されている。金沢には、輪島あたりの漁港から入ってくるものが多いという。深場に棲む魚なので年中それほど変わらぬ美味しさだが、とっぷりと脂が乗ってくる厳寒期ののどぐろは、ひときわ絶品なのである。

そもそも、金沢は豊かな街だ。加賀百万石として知られるように、前田家の庇護のもとに伝統工芸が発展してきたのとともに、恵まれた山海の幸をいかして独特の料理文化が花開き、今に継承されている。市街地の中心部にある『近江町市場』は、最近では観光客の姿が増えたものの、朝の早い時間に訪れると、料理人と店員の丁々発止のやりとりに出会える「プロ仕様」の市場だ。店先に並んだ泥の付いた蓮根や、トロ箱に山盛りにされた香箱ガニなどを眺めていると、この街では「美味いもの」との出会いに不自由しないことが実感できる。『一念大助』という鮮魚店の坂本社長が「のどぐろかい。そりゃ金沢の人にとってもご馳走だわ」と教えてくれた。のどぐろは近江町市場でも堂々と「主役」を張る冬の幸なのである。

ほぼ十年ぶりに訪れた『勝一』では、息子さんが腕をふるってくれた。訪れたのは仕込みの時間。「焼き魚が一番おすすめなんですけどね。いろんな料理を撮りたいってことだったんで、粟蒸しや揚げ物も作ってみました」と料理を出す息子さんの傍らで、オヤジさんは黙々と白子の仕込みに忙しい。

できあがった料理の写真を撮ろうとすると「ちょっと待って。揚げ物は包丁入れて切り口見せましょう」と制された。なかなかどうして、息子さんもオヤジさんに負けない頑固者に違いない。

夜、取材抜きの食事に再び『勝一』を訪れた。日本酒でのどぐろをいただきながら、金沢に酔う幸せを感じる旅なのだった。

文/寄本好則 写真/寺川真嗣(2005年11月取材)

<追記>
この取材で『勝一』を訪れたのは2005年のこと。その後、オヤジさんは引退して『勝一』は店を閉め、息子さんがより武家屋敷に近い香林坊に『金澤もんよう』という新しい店を開いています。

私も2回ばかり伺いましたが、アート好きの山本さん(息子さん=もんようのご主人)が作るのはおいしい料理ばかりでなく、FBやブログを拝見すると「チンアナゴ」などのアートが店のスペースを次第に占拠しつつあるようです。2017年の秋頃からは、陶芸の先生がやってきて店内で陶芸を楽しみ、そのまま打ち上げを楽しむ『飲み陶芸』というイベントを月1程度で開催しているとのこと。

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【旬紀行】

2004年から2008年にかけて『ディノスパラダイスマンスリー』(ディノスカード会員コミュニケーションツール)で連載。2006年には単行本にもまとめました。本サイトでは『旬紀行』でご紹介した記事に適宜加筆修正を加えて再掲します。

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