旬紀行読み物

「越前がに」の旅

福井県三国漁港

港の競りで浜値に驚く。王者の品位と風格を漂わせる「越前がに」を味わう旅。

同じズワイガニが、山陰に揚がれば松葉がに、福井で獲れたら「越前がに」と、呼び名が違うだけのことだと思っていた。

「いやあ、見た目も味も全然違う。食べてみればわかるさ」。

競りの取材で訪れた三国漁港。県漁連三国支所の松田支所長が言い放つ。なるほど、この日泊まった『荒磯(ありそ)亭』という宿で、初めての越前がにを食べて驚いた。身を取った殻が透けるようで、松葉がにに比べてたしかに薄い印象だ。

宿の主人に話を聞くと、漁場の深さに秘密があると言う。ズワイガニの雄は水深400mあたりで獲るのが普通。でも、三国の越前がには、水深250〜300mの浅い場所で漁をするという。水圧が低い分だけ、殻が薄くて手足が長い優雅な姿に育つのだ。

姿ばかりでなく、身の味も繊細だ。浜茹での塩加減で変わることをさておいても、松葉がにの味が野趣満点の漁師料理だとすると、越前がには上品に出汁の効いた京料理とでも喩えたい。ことに、茹でがにが美味い。ぽってりとした身を頬張ると、柔らかな、深い旨味が口の中に広がっていく。

夕方6時、競りが始まる。三国のかに漁は、深夜から沖へ出て、午後には港に戻る日帰りの漁。「一晩経つと鮮度が落ちるだろ。三国では昔から、かにの競りは夕方に決まってるんだ。今、かに漁船は14隻。大都会でどんどん食べてもらえるほど、越前がには獲れないからね。三国は小さな港町だけど、小さいなりの良さをいかして、質にこだわってるんだよ」と松田支所長。

競り人が舞台に座り、かにの入った箱を蹴飛ばしながら仲買人とやり取りする様子はいささか豪快。でも、三国漁港の日常には、繊細な美味さを守るための細やかな心配りが満ちているのだ。

そしてまた、その値段が景気いいことに驚いた。競りを訪れる前に覗いた鮮魚店の店頭に並ぶ越前がにの値段を高いと感じていたのだが、競り落とされる値段を見ていると、むしろ「あの店の利益なんてほとんどないじゃないか」と心配になるほどだ。

『荒磯亭』で越前がにのフルコースを満喫した翌朝。凛とした朝の空気の中を漁港まで散歩する。漁船はすでに出漁していて、がらんとした静けさが港を包み込んでいた。もうすぐ初雪が降る。冬の日本海での漁の過酷さを思いつつ、越前がにを食べるなら、やはりこの港まで足を運ぶべきだと、ひそかに確信を深める旅なのだった。

文/寄本好則 写真/寺川真嗣(2006年11月取材)

<追記>
そもそも、松葉ガニの産地でもある兵庫県北部、但馬地方で生まれ育った私はカニが大好き。2015年からは仕事仲間と集まって、『蟹は祭だ!』というかに通販情報サイトを立ち上げました。

ただし、この記事にもあるように、越前ガニを通販で買うのはあまりおすすめできません。やっぱり、三国まで足を運んで買うなり食べるのが最高です。

【旬紀行】

2004年から2008年にかけて『ディノスパラダイスマンスリー』(ディノスカード会員コミュニケーションツール)で連載。2006年には単行本にもまとめました。本サイトでは『旬紀行』でご紹介した記事に適宜加筆修正を加えて再掲します。

●『旬紀行』記事一覧